陽菜の部屋には、前回の「クリエイターの心得」の話が残響しているかのようだった。机の上には、メモ帳にびっしりと書かれたノートが置かれている。美樹は、妹の真剣な眼差しを見て、微笑む。
「ねえ、お姉ちゃん」 陽菜が話しかける。
「ん?どうしたの、ひなちゃん?」
「前回の話、すごく参考になったよ。でも、もっと具体的に作曲のレベルを上げる方法が知りたいな」 陽菜の目には、さらなる向上心が輝いている。
美樹は深呼吸をして、話し始める。
「そうね、クリエイターの心得は大切だけど、作曲に特化したアドバイスもあるわ。今日はその話をしようかな」
陽菜は身を乗り出して聞く姿勢を取る。
「作曲レベルを上げる方法も、今だからわかることがあるの。私自身も作曲としてスタートするときに知っておけばよかったって思うことだから、ひなちゃんに伝授するわ」
陽菜は真剣な表情で聞き入る準備を整える。美樹の言葉が、新たな音楽の冒険への道しるべとなることを、心のどこかで感じているようだった。
陽菜は真剣な表情で聞き入る。
「まず、とりあえず下手でも違和感あっても必ず音楽として形にすること。これが一番大切よ」
「形にする…?」 陽菜は少し混乱した様子。
「そう。初心者のうちはサビの部分だけ作ったり、イントロ部分だけ作ったりで制作がストップしがち。それでも一応作曲スキルはレベルが上がるけど、+1レベルアップってくらいなの」
「へぇ…」
「もっと確実に上達させたかったら、何が何でも最初から最後までを形にする。結構大変だけど、+10レベルが上がる、そのくらいの差が生まれるわ」
陽菜の目が大きく開く。
「そこに作品としてのクオリティはまだ求めなくていい。自分で聞いて恥ずかしくなるような音楽でもいいの。形にすることだけを目標に何曲も作ってみる。そうすると絶対に作曲レベルは早く上がるから覚えておいて!」
「わかった!でも、恥ずかしいな…」 陽菜は少し赤面する。
「大丈夫よ。誰にも聴かせる必要はないの。自分のために作るんだから」 美樹は優しく微笑む。
「次は『前回作った曲より1%でもいいから良い曲を作ろう』と意識すること。これもとても大事」
「1%…小さな進歩でいいんだ」 陽菜は少し安心した様子。
「そう。今回は前回に無いサビのハモリを入れてみよう、今回は前回に無い音色に挑戦してみよう。なんでもいいの」
美樹は熱心に説明を続ける。
「形にして、前回よりもちょっとでもいい感じになった、成長したって思えたら合格。その状態を繰り返してみるとどう?絶対にスキルアップするよね?」
「うん、なんかわかる気がする!」 陽菜は目を輝かせる。
「もちろん前回よりもなんかイマイチだなって思うときもある。納得できない時もある。それでも0.001%でもいいからどこかしら頑張った、チャレンジしてみた部分を入れてみて!その積み重ねが絶対裏切らないわ」
美樹は真剣な表情で続ける。
「ここまでで何となくわかるけど、作曲に限らずクリエイターの道を進むなら『質より量』は絶対。間違いない」
「質より量…?」 陽菜は少し驚いた様子。
「そう。質だけを求めて量をこなさない人は必ず壁にぶつかるし、自分を超えられなくていずれクリエイターの道をあきらめることになる」
美樹は自身の経験を振り返る。
「私は昔はなるべく褒められたくて認められたくて、1曲に大量に時間を注ぎ込む制作スタイルだったの。SNSにも乗せた時あった。でもやっぱり反応なんて全然なくて落ち込んだわ」
「そうだったんだ…」 陽菜は同情的な目で姉を見る。
「この1曲を作るのにあんなに時間をかけるんだったら、同じ時間で3曲作った方が絶対に早く確実にスキルアップはしていたはず。たくさんの時間を無駄にしたと思ったのは後になってからだったわ」
美樹は真剣な表情で続ける。
「1発でバズる最高にいい曲なんて生まれない。いい曲と認められる1曲の背景には30曲も50曲も大量に没になった作品があると覚えておいて」
「えー!そんなにたくさん…」 陽菜は驚きの声を上げる。
「そういわれるととてもつらいし大変なことだと思う。でも楽しんじゃえば勝ち。今度はこういう音楽作ってみようかなとかああいうジャンルの要素も取り入れようとか色々楽しみになってくるから」
美樹は少し表情を和らげる。
「でも、私たちには24時間しかないし、寝たりご飯食べたり遊んだりする時間も必要。無限にはないわ。だからこそ『捨てる』ことも早く上達するには大切な考え方なの」
「捨てる??」 陽菜は首を傾げる。
「私の場合はまず作れるジャンルを捨てたわ。ヒップホップ、オーケストラ、クラシック、弾き語り系は作らないことに決めてるの」
「え、なんでも作れるんじゃないの?」 陽菜は驚いた様子。
「一応は作れるけど『それっぽい』感じになる中途半端感がでてしまうわ。私はオーケストラもヒップホップも聞かない。だから作らない。正確には作れないね」
美樹は自身の経験を語る。
「あまり興味が沸かないジャンルと言ってもいいわ。だからこそ形にしても作品としては弱いし誰の感動も生めないと思っている。そもそも自分でいい曲だ、これでOKだ!と決められる判断ができない」
「なるほど…」 陽菜は理解しようと努める。
「だからこのジャンルは最初から手をださない。反対に私はアイドルソング、メロコア系、パンク系バンドは昔から好き。どういうニュアンスが自分のツボかも知っている。だから作れるし他人から評価される」
美樹は続ける。
「初心者の場合はあれもこれも作りたくなる気持ちはわかるけど、手を付けないジャンルを決めることも時間節約になるし上達も早い」
「そっか、集中するってことだね」 陽菜は納得した様子。
「そうそう。あとはDAWソフトの機能全てを使いこなそうとしないこと」
「え?全部機能使えるんだと思ってた」 陽菜は驚く。
「いいえ、全く。私が作るジャンル、制作スタイルにあった機能しか覚えてないわ」
美樹は笑いながら説明する。
「よくDAWの使い方の本が売っているけど、それを購入して最初のページから全ての機能を覚えようとしてはだめ。時間の無駄。使いながら覚えていく、使わない機能は覚えなくていい。この感覚も大切よ」
「へぇ…」 陽菜は感心した様子。
「ある程度プロとして活躍できている立場になった最近でさえ『え。こんな機能あったの?知らなかった』と驚く時もあるんだよ」
美樹は最後に重要なポイントを話す。
「最後ね。作曲上達を早くアップさせるには、まだちょっと考えられない段階だろうけど仕事として作曲をする活動を始めること。要するに楽曲提供や誰かの依頼にそって作曲したりね。そしてお金を生む」
「なんでお金を生むのが上達になるの?」 陽菜は不思議そうに尋ねる。
「それはね、『責任』が生じるからよ。相手の要望や求める全体のクオリティ、納期スピードの厳守などお金のやり取りが発生する以上、緊張感が生まれるの」
美樹は真剣な表情で続ける。
「なんとしてもやらなきゃ。このままだと満足してもらえなくて制作キャンセルになって迷惑かかる、絶対に喜んでもらえるものにする。そんな気持ちや状況が必然的にスキルアップにつながるわ」
陽菜は真剣な表情で聞いている。
「私もアイドルソングは最初は作れなかった。練習で何曲か作ったけど制作スピードも遅くクオリティもイマイチ。でも練習だから本気になれないし、それでOKと思ったらそこまでだし、なんか身が入らない時期を過ごしていたわ」
美樹は自身の経験を振り返る。
「でも依頼を受けてから一気にプレッシャーが襲った。やばい、スキルが要望に追い付いていない。まずい。常に不安と戦いながら自分の技術を全力投球させる。それで喜ばれたらこれ以上の幸せはないわ」
「すごい…」 陽菜は感動した様子。
「もちろんお金にすることは簡単ではないし、他のライバルもいるから絶対できるわけでもない。趣味としてやりたいからお金のことは考えたくないのも正解」
美樹は最後に妹に向かって言う。
「でもひなちゃんは自分で曲をつくるアイドルとしてやっていきたいんでしょ?ということは少なからずお金が発生する場所に生きるってこと。そうなるとクオリティやお客さんが求めている音楽を作るべき立場になる」
陽菜は真剣な表情で聞いている。
「のんびりゆっくり作曲している場合ではないわ。どんどん吸収して、どんどん発表して、どんどんレベルアップしなければいけない作曲家になるべき。そうなるとこの意識も大切になっていくし、自分の武器にもなるはず」
美樹の言葉が終わると、部屋に静寂が訪れる。陽菜は深く考え込んでいる様子だ。
「ありがとう、お姉ちゃん。すごくためになった」 陽菜は感謝の言葉を述べる。
「どういたしまして。これからの成長が楽しみよ」 美樹は優しく微笑む。
窓の外では、夕日が沈みかけている。姉妹の音楽への旅は、まだ始まったばかり。これからどんな曲が生まれるのか、二人の目には期待と決意が輝いていた。